栄養成分ブレンドコーヒーの手引き(^^)

第383話 患者の珈琲学(その47)カウェオールと乳癌肺転移

シリーズ『くすりになったコーヒー』


 前回も乳癌の肺転移について書きました。コーヒーのニコチン酸が関与して「コラーゲン生合成を阻害することで転移を抑制できるかも」というお話でした。論文はNature誌の4月号でしたが、今回は2月号の論文です。これほど短い期間に2つの似た論文が出るなんて珍しいことです。今回のコーヒー関与成分は、コーヒーオイルに溶けているジテルペン類の1つカウェオールです。

 乳癌は肺に転移し易い…前回とは別のメカニズムが見つかりました(詳しくは → こちら)。

●乳房を離れて血中を流れる乳癌細胞は、好中球と接着してクラスターを作る(図1の四角内を参照)。

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 好中球はリンパ球の仲間で、盛んに遊走(アメーバ運動)しながら、体内に侵入する微生物を捕食して、感染症を予防しています。好中球を選択的に中性色素を使って染色すると、血液中の白血球の半数以上を占めていることが解ります。

 図の左端をご覧ください。好中球が乳癌組織に留まっている癌細胞に接着したり捕食することはないようですが、一旦癌組織から離脱して血液に入った乳癌細胞(CTC)は、接着因子VCAM1を介して好中球にくっついてクラスターを作ります。このクラスターはIL-6などの炎症性物質を撒き散らしながら血流に乗って肺を目指すのです。

エスプレッソに多く含まれているジテルペンのカウェオールがVCAM1の発現を抑制する(詳しくは → こちら)。

 ということで、コーヒーを飲むと図1の四角の中に描いてあるVCAM1が働かなくなる、つまりクラスターができないというのです。もしできなければ、炎症性物質の放出も起こらず、何処であれ他臓器への乳癌転移は起こらないと思われます。

●首尾よくクラスターを作った乳癌細胞はやがて肺に到達する。

転移を邪魔するものがなければ、乳癌細胞は肺に新たな居場所を獲得して転移巣を作り始めます。しかし、もし患者がコーヒーを飲んでいれば、乳癌細胞の肺侵入を妨害できるかも知れません。その可能性を示す別の論文がありました。その論文によると、コーヒーの何らかの成分が働いて、乳癌細胞の肺への侵入を助長するE-セレクチンという接着因子が機能しなくなるというのです(詳しくは → こちら)。

 さて、如何でしたか?以上は筆者の想像ですが、Nature誌の論文の中に、コーヒーの癌転移への介入が垣間見られることは想定外の喜びでした。これまでとは違うコーヒーへの期待感が膨らむというものです。
(第383話 完)


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第382話 患者の珈琲学(その46)乳癌転移とコーヒーの関係

シリーズ『くすりになったコーヒー』

 乳癌が怖いのは転移があるからで、転移さえなければもっと安心して治療できるのだそうです。転移を防ぐための最大の課題は「乳癌の転移が何故起こるのか」を知ることですが、これが本当に難しい。それでも少しずつ進歩があるのは確かです。最近の論文を紹介しましょう。

●乳癌の肺転移にはコラーゲンが関係している(詳しくは → こちら )。

 図1をご覧ください。

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 グルコースの分解で生じるピルビン酸は、肺細胞の中鎖脂肪酸ゲートMCT2を通って細胞内に入ります。次にピルビン酸はα-ケトグルタル酸(α-KG)に変わります。ここでα-KGの特性に注目しましょう。その特性とは、プロコラーゲン分子の構成アミノ酸の1つであるプロリン分子に水酸基(-OH)を導入することです。この化学変化はプロリン-4-水酸化酵素(P4HA)の働きで加速(触媒)されるのですが、α-KGはその酵素を活性化する特性をもっています。結果としてプロコラーゲンは水酸化されて、プロリンがヒドロキシプロリン(OH-プロリン)に変化して、OH-プロコラーゲンができるのです。

 この増量したOH-プロコラーゲンが細胞から排出されると、細胞と細胞の隙間に溜まり、そこに種々の物質が集まって、ニッチと呼ばれる不安定な塊を作ります。実はこのニッチこそが、血液中を流れている乳癌細胞の新たな住処になるのです。

●血中の乳癌細胞は新たな住処を求めているが、ニッチがその場を提供する。

ニッチとは、隙間、居場所、最適な場所等々の意味で使われますが、医学用語としては組織のなかにできる「微小環境」という意味でよく使われるようになりました。そしてコラーゲンが集合した肺組織のニッチが、血液中を流れている乳癌細胞にとって実に住み心地の良い転移先になるのです。

 では次に、肺にニッチが出来る過程で、コーヒーが関与する箇所があるでしょうか?魅力的な論文が見つかりました。

●ハムスターの実験で、ニコチン酸アミドを投与すると肺組織のコラーゲン蓄積が抑制される(詳しくは → こちら )。

 そのとき同時にP4HAの活性が下がっていることも確認されました。つまり図1の中鎖脂肪酸ゲートMCT2が、ニコチン酸アミド由来のニコチン酸によって閉鎖されて、ピルビン酸が入れなくなっているのです。もう1つ別のメカニズムとして、ニコチン酸アミドが補酵素NADに変換されていることが観察されました。NADの増加は、エネルギー物質ATPの増加をもたらすはずですが、これも実験で確認されました。

●もしかすると、NADが増えてミトコンドリアが活性化されることが、乳癌転移の抑制に関わっているのかも知れません。

 以前に紹介したことですが、コーヒーが乳癌の転移リスクを下げるとの疫学データがあります。そうでないとのデータもあって状況は複雑ですが、ある種の乳癌の転移の抑制にコーヒーのニコチン酸が関与している可能性があります。ということで乳癌患者のコーヒーの飲み方、どんなコーヒーをどのくらい飲んだらよいかについて、さらなる研究の進展を待ちたいと思います。

(第382話 完)

第381話 解説 コーヒーの影響を受けるリン脂質

シリーズ『くすりになったコーヒー』

ちょっと専門的ですが、もしかするととても重要な話です(詳しくは → こちら )。

●リン脂質とは、グリセリン(緑)に長鎖脂肪酸(灰)とリン酸(赤)とコリン(青)が結合して、石鹸みたいな性質がある。

 数多くの種類がありますが、ここには代表的な2つを絵で示します。図1をご覧ください。

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 図1上段のホスファチジルコリン(PC)は、いわばシャボン玉を作っている材料のようなもので、シャボン玉が細胞だとしたら、実際の細胞膜はPCでできているということです。細胞の中にも小さなシャボン玉がいくつもあって、その膜もまたPCでできています。

●脂肪分解酵素でPCから脂肪酸2が外れるとリゾホスファチジルコリン(LPC)になる(図1下段)。

 LPCが膜を作ることはありませんが、その代りに細胞質の中で色々な役割を果たしているようです。細胞が生きて行くために無くてはならない存在ですが、役割の詳細はまだまだ解らない部分が多く残っています。

●コーヒーを飲むとLPCの血中濃度が下がる。

 これが冒頭に挙げた論文の実験結果です。コーヒー飲用習慣が2型糖尿病を予防することはほぼ間違いありません。コーヒーが脂肪の燃焼を促して、ダイエットに良いとのデータもあります。しかし、脂肪が燃焼して体重が減っても、血中の脂質が下がるというデータはほとんどありませんでした。今回の論文を詳しく読んでみました。

【実験方法】47人の習慣的なコーヒー愛好家が、最初の1ヵ月間(第1期)はコーヒーを控え、2ヵ月目(第2期)に1日4杯を、3ヵ月目(第3期)には1日8杯を飲みました。各期の最終日に採血して、計853種類の脂質を定量分析しました。

【実験結果】853種類のうち統計的に有意な濃度変化が見られたのは僅か3つで、3つとも[第3期<第2期<第1期]の順に濃度低下を示していました(表1を参照)。

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 表1には3つのLPCの構造も書いておきます。コリン、リン酸、グリセリンは共通ですが、脂肪酸の不飽和数が異なっています。LPCカッコ内の数字は、最初が脂肪酸の炭素数、コロンの後は不飽和の数です。

●LPC(20:4)は免疫アレルギー反応を制御するアラキドン酸の原料になっている。

 コーヒーを飲むことでこのLPCが減少することが、病気の予防とどう関係しているのか、今は何とも言えない状態ですが、大いに期待がもてるのです。全日本コーヒー協会のホームページに、岡山大の杉本先生が「コーヒーはアレルギーを予防する・・・」と書いていますが、論文発表は見当たりませんし、真偽のほどは不明です(詳しくは → こちら )。

 今後の世界のコーヒー研究を待ちたい思いでいっぱいです。
(第381話 完)

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第380話 番外編 オイルとエッセンシャルオイルの違い

シリーズ『くすりになったコーヒー』

 コーヒー豆を絞って作るコーヒーオイル(写真下)と、蒸留して作るコーヒーエッセンシャルオイル(同上)、揃って日本市場にもお目見えしそうです。オリーブオイルに比べれば知名度はありません。それもそのはず、コーヒーオイルはコレステロール値を高めて心血管病死の原因になりますし、エッセンシャルオイルにはレギュラーコーヒーに勝る魅力がほとんどありません。

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 コーヒー製品を製造した後に残る大量の滓、コーヒー店で抽出後に残るこれもまた大量の滓、年々増える家庭のコーヒー滓、これらの総量は石油に次ぐ貿易量に達しているので、その20%を占めるオイルのリサイクルが可能となれば、世界経済への影響もバカになりません。

 以前からコーヒー滓の利活用について、コーヒー好きの個人レベルでも試行錯誤されていました。冷蔵庫やトイレの匂い消し、花壇の肥料、スクラブ用の化粧品、燃料などの人気が高いようです。肥料や燃料に使えるわけは、滓に入っているオイルです。そのオイルを奇麗に抽出すれば、オイルそのものは燃料に、香りは化粧品に使えるはずです。

●コーヒーオイルの作り方

  1. 圧搾法 生豆や滓に高圧を掛けてオイルを搾り取る。
  2. 炭酸ガス超臨界抽出法 液化炭酸ガスで抽出し、炭酸ガスをガスとして取り除く。

     注意すべきは、原料が生の豆(生豆)かそれとも焙煎豆かで、成分が大いに異なることです。生豆のオイルはトリグリセリドなので、他の植物油と同じです。違うのはジテルペノイドを結合したグリセリドが混ざっていること。このジテルペノイドはカフェストールとカウェオールで、両方とも飲めばコレステロール値を高めます。さらに飲み続ければ、心血管病に罹るリスクが高まります(文献多数あり)。

     焙煎豆のオイルには、生豆オイル成分よりもずっと多いコーヒーアロマが含まれています。飲むのは危険ですが、香りを楽しむ価値はあります。

●コーヒーエッセンシャルオイルの作り方は水蒸気蒸留だけである。

 製品の中には「抽出法」と書いたものがありますが、これにはジテルペン・グリセリドが混入するので飲むことは危険です。水蒸気蒸留の製品にジテルペンは入っていません。もし混入しているとしても微量ですから問題ありません。

 生豆と焙煎豆の製品では香りが全く異なります。生豆の製品にコーヒーの香りはありませんが、焙煎豆の製品にはコーヒーアロマが濃縮されています。ケーキやクッキーの香り付けには焙煎豆の製品であることをよく見て買うことが大事です。

 さて、このように「コーヒーオイルもエッセンシャルオイルも原料と製造法の差によって全く異なる」ことを知っておく必要があります。コーヒーオイルと書いてあっても、よく見ると「オリーブオイルにコーヒーオイルを混ぜた製品」だったりします。米国製でこの程度ですから、それを原料に日本で更なる加工が施されれば、もう何が何だかわからないものになってしまいます。

 消費者の皆さんはご注意ください。
(第380話 完)

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第379話 患者の珈琲学(その45)ニコチン酸欠乏症Ⅲ

シリーズ『くすりになったコーヒー』

「コーヒーが病気を予防する」という疫学論文が3,000編を超えました。全部読んで解ったことは次の3つ。

1.希少疾患と感染症を除くほぼすべての病気が調査された。
2.毎日コーヒーを飲む生活習慣が四大死因病の罹患リスクを下げている。
3.結果としてコーヒーを飲む生活習慣が平均寿命を引き延ばす。

 疫学データが増えるにつれて、「どうしてコーヒーが効くのか?」の実験が始まりました。カフェインが神経細胞を活性化すること、クロロゲン酸が血糖値を下げる、トリゴネリンが免疫細胞を抑制する・・・というような論文が沢山出ています。しかし、これらをいくら足し合わせても四大死因病(癌、心臓病、脳卒中、呼吸器疾患)を予防して平均寿命を延ばすという「コーヒーの効き目」は説明できません。

●四大死因病を予防するとどうして寿命が延びるの?

 取り敢えずの答えは「病気にならないから」ですが、これでは薬理学的説明とは言えません。今世紀初めに、「赤ワインのレスベラトロールが長寿遺伝子を刺激して長生きする」との論文がNature誌に載りました。しかしこの論文は後に否定されてしまいました。現段階では「コーヒーが平均寿命を延ばす薬理学」は解っていません。

 ここで改めて「薬としてのコーヒーの歴史」を振り返ります。すると、放置すれば今でも不治の病なのに、コーヒーが効くと言われていた病気に気づきます。

●17世紀半ば、ロンドン初のコーヒーハウスの広告に「コーヒーは浮腫病と壊血病に効く」と書かれている(書いた人は血液循環論のウイリアム・ハーベーとの推測あり)。

●19世紀半ば、宗谷岬で北方警備のため越冬した津軽藩兵は「コーヒーを飲んで浮腫病を免れた」との記録がある。

 一説によると、壊血病と浮腫病は同じ病気です。古代ローマ軍の遠征時に似た病気の記録があるそうですが、Scurvy(壊血病)と言う名は15世紀末に帆船の実用化が始まってからのこと。Dropsy(浮腫病)は体に水が溜まった状態でEdema(浮腫)とも呼ばれ、飢饉のときに起こる種類を流行性浮腫病(Epidemic Dropsy)と呼んで区別していたようです。日本では専ら浮腫病と呼ばれました。ですから「壊血病と流行性浮腫病」は同じ病気と言えそうです。

大航海時代(15~17世紀)の200年間に少なくとも100万人の船乗りが壊血病で死んだ。

 にもかかわらず、航海中にコーヒーが配られた記録がありません。詳しくは書けませんが、「航海中の船内で毎日高価なコーヒーを飲めたのは船長室だけだった」と想像できます。何故なら当時のコーヒーは非常に高価であったため、身分の低い船乗りたちに配られることはなかったはずです。つまり、コーヒーハウスの広告に書かれた「コーヒーは浮腫病に効く」は、大航海の船長とその側近たちの話であって、船長が浮腫病で死んだという記録はないのです。

●コーヒーが浮腫病(壊血病)を予防するとの歴史的傍証は宗谷岬の記録以外に存在しない。

 そこで、宗谷岬津軽藩兵が食べていたであろう1日の食事の内容【津軽藩氏・斎藤文吉の日記から:米2合(300グラム)、味噌(10グラム)、干し鱈(100グラム)、沢庵(20グラム)、はくさい塩漬(30グラム)】について、主なビタミンの充足率を、文科省「食品成分データベース(https://fooddb.mext.go.jp/)」を使って計算すると、表1ができます。充足率の他に、メルクインデックス他から引用した溶解性と体内半減期、および筆者の推測ですが、欠乏リスクと生命リスクの大よその大小比較を書き込みました。

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 ここで現代科学のメスを入れてみます。昨年発表された論文によりますと、実際に深煎コーヒーを飲んだ後に、尿中からニコチン酸が検出されました(図1を参照)。宗谷岬津軽藩兵たちは、当時貴重だったコーヒーを毎日飲んでいましたから、体内のニコチン酸量はビタミンとしての必要量を満たしていたと推測できます。また筆者らの実験では、深く煎ったコーヒー豆には最大で5ミリグラム/1杯10グラムのニコチン酸が入っています(詳しくは → こちら )。

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●深煎コーヒーを飲んでいた津軽藩兵のVB3充足率は100%に達していた。

 ということは、ミトコンドリア(Mt)でエネルギーを作る補酵素NADはほぼ正常だったことを示唆しています。そして唯一豊富に備蓄していた津軽の米が十分量のグルコースの素になったはず、その代謝分解で生じるピルビン酸はMtにエネルギー原料として供給されたはずです。しかしVB3とピルビン酸以外の栄養素はほとんどが不足していました。それでも津軽藩兵が全員生きて故郷へ戻れたことには、浮腫病の重症化を防いだ何かがあったはずです。これを考える前に、現代医療が危篤状態の患者に対して行う栄養補給を見てみましょう。

●重症患者がICUで受ける救命栄養措置とは?

 昨年、このことについてよく纏まった論文が出ています(詳しくは → こちら )。

 図2をご覧ください。ICUで集中治療を受けなければ命が危ない患者にとって、Mtの機能障害は致命的です。青い四角に白字で示すのは、Mtの機能障害が全身に及ぼす病的影響です。どんな薬物治療を施すとしても、的確な栄養補給(緑色)がなければ助かりません。逆に栄養補給が有効に働いた患者なら、Mt機能が改善されて、薬物治療にも反応しやすくなります。そしてICUを出た後の順調な回復が見込まれるのです(茶色)。

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 宗谷岬津軽藩兵に浮腫病の症状が出たとしても、当時は治療法がありませんでした。Mtの機能がギリギリの状態だったとはいえ、それでもコーヒーを飲むことで越冬期間中に亡くなることはなかったのです。図2の右側を見て下さい。

●Mtが機能を発揮するためには、補酵素NADの他にビタミンその他の小分子が必須。

 緑色の表に書いた赤字(コーヒー由来)を除く小分子が、どれも大なり小なり不足していたとはいえ、どうにか役目を果たしました。これらのうち8つのビタミンと1つのミネラル(セレン)は必須栄養素ですが、その他の8つは必須ではありません。さらにカフェインを除く7つは体内でも合成される小分子です。ではカフェインはというと、もしあれば、Mt機能の向上に寄与するとの説がありますが、詳細は不明です。

 それでは最後に、津軽藩兵がコーヒーを飲んで補充したVB3(NAD)とVCの関係について考察します。

●VCはMtに集まって抗酸化性を発揮する(詳しくは → こちら )。

 図3をご覧ください。Mtの膜にVCを輸送するタンパク質があって、内部のVC濃度は外より高くなっています。MtのVCは、活性酸素の消去(左下)に加えて、カルニチン合成を助けて、脂肪酸のMtへの取り込みとβ-酸化分解を促進し、アセチルCoA合成に寄与しています。カフェインがあると、カルニチンによる脂肪酸の取り込みがより早くなります。またVCはアドレナリン合成の補酵素で、アドレナリンがグルコース代謝分解を促進するので、ピルビン酸の供給効率が高まります。このように、VCはMtにエネルギー原料を補給する役目を果たしているのです。

ニコチン酸NADとなって、エネルギーを作るTCA回路を回転させる。

 図3の赤字です。Mtが作るエネルギーとは、TCA回路の回転で生まれる高エネルギー物質ATPのことです。ニコチン酸(VB3)からできるNADが、TCA回路を動かす補酵素となってATPを作っています。TCA回路は、いわば人体の発電所として、極言すればVCとNADで回転しているのです。

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 ここで1つ困ったことに、NADがTCA回路を回転させると、自らはNADHに変化して、同時に活性酸素を放出します。この活性酸素は俗に「錆の原因」と言われるように、周辺の酵素その他を変性させて、Mtの老化と死を招く障害となります。これを阻止するためにVCが必要で、VCの強い還元力が、活性酸素の酸化性を中和しています。一方、Mtから細胞質に漏れ出した活性酸素はそれなりに処理されますが、発生現場のMtで処理するのが最も効率的な処理法なのです。

●VCはMtにとって重要なのだが、その詳しいメカニズムは解っていない。

 NADはVCがなければ機能の持続ができません。VCとNADは車の両輪であって、どちらが欠けても生きて行けません。しかし、少ないVCがMtに集合するとはいえ、不足していることに変わりはなく、その不足を何がどうやって補っているのか、その詳細は未知の話です。今言えることは、ごく最近になって1つの可能性が示唆されたことです(第377話も参照)。

●糖尿病ラットに深煎コーヒーを飲ませていると、眼のレンズにVCが増えて、白内障が予防できる(詳しくは → こちら )。

 コーヒーの白内障予防効果を高脂肪食ラットで実験したところ(図4)、眼球レンズにVCの蓄積が観察されました。そしてこのラットに白内障は起こりませんでした。作用成分を解析した結果、カフェインの他にピロカテコールが関与していることが解りました。図右の棒グラフで、高脂肪食ラットのレンズではVC濃度が低下していますが、カフェインだけ含む生豆エキスではそこそこ回復し、深煎りにしてピロカテコールを増やしたコーヒでは、ピロカテコールの効果が加算されていたのです。

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 この実験は眼のレンズだけを観察したものですが、もし他の臓器にもVCの蓄積が起こるのであれば、津軽藩兵の浮腫病の予防にVB3を含むコーヒーが効果的であった理由が説明できることになります。もう暫くの間、コーヒーサイエンスの進展を見守りたいと思います。
(第379話 完)

第378話 患者の珈琲学(その44)膵臓癌の肝転移

シリーズ『くすりになったコーヒー』

 膵臓癌は治りにくく死亡率が高い病気です。癌が膵臓内に留まっていればまだしもよいですが、肝臓に転移すると大変です。肝臓癌の生存率は他の臓器癌とは比べ物にならないほど低いからです(詳しくは → こちら)。

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 図1をご覧ください。膵臓癌の診断が下ってから、5年生存率を比べてみると、男も女も肝臓癌の次に悪いのです。ですからもし膵臓癌が肝臓に転移すると、生存率が大幅に短縮されてしまいます。
膵臓癌が肝臓に転移するメカニズムが解ってきた(詳しくは → こちら )。
 これまで、膵臓癌が肝臓に転移し易いことは知られていましたが、その詳しいメカニズムは不明でした。つい最近になってNature誌に載った論文によりますと、転移には「癌が仕組んだ巧妙な仕掛け」があるのです。

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 図2をご覧ください。先ず膵臓癌が作る免疫物質IL-6(左上)が肝臓に入ります。するとそこで転移前ニッチという不安定な微小組織が出来上がります。ニッチの中にはIL-6受容体があって、膵臓からくる更なる刺激を受けるのです。すると次にSTAT3という発癌因子が作られて、それがもとになって、ニッチ周辺に膵臓癌細胞を受け入れる準備が整ってきます。つまり、膵臓癌はまず転移先に居場所を確保して、それから引っ越しするという順番なのです。
 ところでこの論文には書いてありませんが、筆者はコーヒーオイルに含まれているジテルペンに興味があります。何故なら、その1つカウェオール(図2の構造式)が膵臓癌の肝転移に介入する可能性があるからです。
●コーヒーオイルに含まれているカウェオールは、炎症を起こした肝臓でIL-6産生とSTAT3の活性を抑制する(詳しくは → こちら )。
 この論文の内容を図1に書き込んでみました。カウェオールが肝細胞でSTAT3合成を抑制するということは、膵臓癌が肝臓に定着しにくいことを意味しています。少なくともその可能性があるということです。さらに加えて、
●カウェオールを含まないドリップコーヒーは、ウイルス性とアルコール性肝炎の癌化を抑制する(詳しくは → こちら)。
 コーヒーと肝臓癌の論文は他にも多数あって、どれもが「コーヒーは肝臓癌を予防する」と結論づけています。コーヒーが膵臓癌の肝転移を抑制するとの論文はありませんが、もし運悪く膵臓癌と診断されたなら、毎日コーヒーを飲むことが増悪を予防する1つの有力な方法と思えるのです。
(第378話 完)

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第377話 患者の珈琲学(その43)糖尿病患者の白内障

シリーズ『くすりになったコーヒー』


 食生活の乱れ、運動不足、積もり積もって2型糖尿病になりました。でもそれで終わりではありません。糖分が多めの血液は身体のあちこちに不具合を起こします。太い血管と細い血管、何処も彼処も合併症を起こす危険地帯になっています。しかしもっと他にもあるのです。
●血液が流れていない目のレンズでも、糖尿病白内障は厄介である(詳しくは → こちら )。
 白内障は目のレンズに濁りが生じて視野が暗くなり、治療しないと失明する病気です。レンズの濁りは誰でも年を取れば大なり小なり起こりますが、糖尿病の人に起こると進行が早く、失明のリスクが高まります。予防できるものなら予防したい・・・糖尿病患者なら皆がそう思っているでしょう。
 糖尿病白内障の研究は予防が第一で、それには糖尿病そのものの治療が大切です。白内障をどうこうするというよりは、糖尿病を治療したり、例え治らなくても進行を遅らせることに効果があります。ですから糖尿病白内障の研究はほとんどないと言ってよいくらいなのです。そんな状況の中、2016年に「コーヒーが白内障を予防する」との論文が発表されました。
●コーヒーを飲んでいる人は白内障が原因の視覚障害になりにくい(詳しくは → こちら )。

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 図1のカフェイン源はそのほとんどがコーヒーなので、1日に300㎎ということは、コーヒーほぼ3杯に相当しています。実はこの杯数は、疫学研究で心臓病死リスクが最低値を示す数値で、それと同じ杯数でレンズの濁りを10%以下に抑えられるということは、予防法として高く評価できるはずです。
 このデータを受けて、慶応大薬学部の田村教授がラットを使って実験しました(詳しくは → こちら )。教授がまず気づいたのは、「高脂肪食でメタボ化したラットの白内障予防には、生豆より焙煎豆がよい」ことでした。次に気づいたのは、白内障のレンズには抗酸化性のグルタチオンやビタミンC(VC)が減っていることでした。そこで最初に取った策は、焙煎すると増える抗酸化物質を探すことで、答えは表1のようになりました。候補に挙げていた4つの成分のうち、カフェインとピロカテコールがグルタチオンやVCの減少を抑えたのです。

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 実験の一部を図2に示します。縦軸はレンズ内のVCの濃度で、通常食で飼育したラットでは、水、コーヒー、カフェイン、ピロカテコール、そのどれを与えても変化はありませんでした。一方、高脂肪食でメタボ化したラットでは、水だけ飲ませていたラットのみVC濃度の低下が明確でしたが、コーヒー、カフェイン、ピロカテコールのどれもが同じように、ほぼ正常値に近い値でレンズの透明度を護っていました。

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 以上の結果を概念図で示します(図3)。この目がラットの目というよりもヒトの目に似ている訳は、図1に示したヒトの疫学研究で「コーヒーを飲む習慣が視力の低下を防ぐ」というデータがあったからです。

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 田村教授の論文には、VCの他にグルタチオンでも同じ結果が得られたと書かれています。VCと同じく、グルタチオンの抗酸化性がヒトのレンズの透明度を保つ要素の1つになっているのです。
●糖尿病になったら毎日深煎りコーヒーを飲んで目を護ろう。
(第377話 完)

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